ゆる~い楽曲分析 スガシカオ : 黄金の月

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今回はスガシカオ初期の名曲、黄金の月について書いていきます。

久しぶりにPVを見ましたが、時代を感じさせるもので非常に驚きました。「黄金の月」も収録されている初期の名アルバム「clover」の音源は、ほとんどスガシカオさんが演奏や打ち込みを行って完成させたとのことです。今回はこの曲について1.歌詞2.音楽性という観点から色々書いていきます。

 

1.歌詞が持つ哀愁性・ゴツさ

初めてこの曲を聴いたときに、激しいものではなかったですが静かな衝撃がありました。それは非常に大人っぽい歌で哀愁が漂うなと感じたからです。理由としてタイミングの問題があげられると思います。それまでBUMP OF CHICKENやスピッツ、Mr.Childrenなどを聴いていた「その時の僕」が聴いたので、カッコいいなと思いました。

ぼくの情熱はいまや 流したはずの涙より冷たくなってしまった

出典:http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B05398

流石にこの歌詞は小学生や中学生じゃ思いつかないでしょう。。そういった自分の想像を超えた歌詞に惹かれた面は大きいと思います。

また非常に面白いのは、それまでのJPOPのアーティストが拘ってきた韻を踏むと言った点から、この曲は完全に自由だという点です。洋楽の方が歌のリズムに歌詞が乗りやすいというのは一般的に言われますが、その理由として英語が韻を踏みやすい点や子音の少ない点がよく挙げられます。サザンオールスターズは恐らくこういった点を熟知していて、曲中で韻を踏んだ歌詞をたくさん書いています。確かに韻を踏んだ歌詞が多いほうが、リズム面では聴きやすくて耳なじみがよいです。

ところがこの歌詞はそんな気配が全く見えません。韻を踏む点やタイアップ商品名を入れるといった制約からも、この歌は縛られていません。歌詞という点から見たら、あまりリズムに乗らなそうにも見えます。たしか村上春樹は、歌詞がごつごつしているだとか、そんな感じのことを言っていたようです。(以下サイトに村上春樹によるエッセイの引用が載ってました。ちなみにこのエッセイの中で、1章まるごとスガシカオについて割いているので、村上春樹お気に入りのミュージシャンであると言えるでしょう。)

https://www.cinra.net/news/20160115-sugashikao

そのまま文章としてもいけそうな歌詞ですが、きちんと歌のメロディーに載って、我々の感情を揺さぶってきます。こういった大人が持つくたびれた感じや退屈さを、上手く言葉にしてメロディーに載せている点に、彼の作品に対する誠実さが垣間見えます。

2.音楽性~ちょうどよいポップさ~

この曲はスガシカオの原点であるファンクの影響を受けたサウンドだと言えます。しかし、アルバム「clover」の他の曲ほどファンクの色が濃いという訳ではないので、ファンクっぽい曲と形容するには至らないような気もします。なぜならサウンド面ではワウペダルを使ったりするなど多少その特徴が見られますが、ファンク特有のホーンによる同じフレーズの繰り返しやハネたリズムがあるとは言えないからです。やはりファンクやブルースのフィーリングを、一般の人にとって耳当たりが良いくらいにまで薄くしたポップスという表現が適当な気がします。その当時の僕にとっては非常に新鮮でもあり、耳に残りました。実際にこの曲はファンの間でも名曲との呼び声が高いですが、この耳に馴染みやすいサウンドが上手く作用したのかもしれません。この曲を皮切りにして、次々に「愛について」「AFFAIR」「Cloudy」「アシンメトリー」などの名曲をリリースしていきます。

以上でこの記事は終了です。スガシカオの名曲たちについても、これからどんどん書いてきたいと考えているので、よろしくお願いします。

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